どんなキャンプか

ライオンズの国際交流プログラムは、ライオンズクラブ国際協会が世界各地で続けている、若者どうしの平和と理解のための取り組みです。このキャンプは、日本から海外へ行くのではなく、日本のクラブが海外の若者を迎える側に立った事例です。参加した若者は、関西の家庭にホームステイしながら、この1週間に加わりました。

関西の国際ユースキャンプは1982年に始まり、その後は335-B地区の主催で続いてきました。2024年は通算40回目を機に、複合地区の主催に戻しました。コロナ禍で途絶えていた夏の国際キャンプを、久しぶりに開いた節目の年でもあります。参加者は、ヨーロッパの11か国に加え、カナダ、インド、インドネシア、マレーシア、メキシコなどから集まりました。

1週間の流れ

広島へ行く前に、みんなで千羽鶴を折りました。広島では平和記念資料館と平和記念公園を訪ね、折った鶴を原爆の子の像にささげました。姫路や京都では金閣寺や嵐山を訪ね、いけばなも体験しました。

大阪ではユニバーサル・スタジオ・ジャパンを楽しみ、南紀白浜では地元のライオンズクラブの協力で海水浴とスイカ割りをしました。犬鳴山の七宝瀧寺での滝行や、御坊の道成寺で英語で聞く昔話など、その土地ならではの体験もありました。毎晩、参加者が順番に自分の国を紹介し、最終日には名前の由来でもあるおにぎりケースが贈られました。

支えた人たち

運営を全面的に担ったのは、吹田江坂ライオンズクラブの青少年交換の支部です。中心になったのは、かつて自分も海外へ派遣された若いメンバーたちでした。委員会の報告は、初めてこの交流にふれる会員が多いなかで、同世代として若者と通じ合える経験者の力がなければ成功は難しかった、と振り返っています。

宗教上の食事の希望に応えられる店や宿は限られていましたが、できる限り対応したことも報告されています。

このキャンプから学べること

派遣を経験した若者を、当日の手伝いではなく運営の中心に置いたことが、このキャンプの一番の強みです。参加者と年が近い先輩がそばにいることで、言葉や文化の壁が低くなったことが伺えます。

終わりのアンケートでは、参加者の約9割が満足度に10点満点中9点以上をつけました。一方で、日程が詰まりすぎていたこと、自由な時間が少なかったこと、暑さへの備えが足りなかったことも、何人かが改善点として挙げています。良かった点と次に直したい点の両方を残していることも、ほかの地区が学べる大切な記録です。

補足

  1. 人数と国の数は、ライオン誌日本語版の取材記事と、335複合地区の委員会報告の両方で一致する開催後の数字です。
  2. 取材記事は「5年ぶりの開催」、委員会報告は「4年間中断していた夏の事業の再開」と書いています。数え方の違いです。
  3. 参加者の個人名や顔写真は載せていません。
  4. 出典には主催者や地区の公式ページ、公開された案内、報道を使っています。非公式に転記されたYCEディレクトリや世界キャンプ一覧の写しは使っていません。

※日程や費用、募集の有無は、主催者の最新情報を必ず確認してください。

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